シリアの「イスラム国」空爆より重要なのは
政治プロセスだ
英国はこれまで過激派組織「イスラム国(I S)」への空爆をシリア国内に拡大することをためらってきた。しかしISによるロシア旅客機爆破テロやパリ同時多発テロを受け、キャメロン首相はシリア軍事介入について議会承認を得るため、ISと戦う包括的な戦略を下院で示した。ISによる国際テロが中東・北アフリカから欧州に拡大、自国の安全を保障するにはシリア国内にある「ヘビの頭(ISの本拠地)」を叩き潰す必要があると判断したからだ。
超党派の下院外務委員会が「ISと戦い、シリア和平を実現する一致した国際戦略がない限り、シリアに軍事介入すべきではない」という報告書を先にまとめている。これに答える形で、キャメロン首相は「我が国の安全保障を下請けには出せない」と述べ、英国でのテロを防ぐためにシリアでのIS空爆を他国任せにするのは間違っていると下院に理解を求めた。
英国はアフガニスタン、イラク、リビアに軍事介入し、アフガンで456人、イラクで179人の犠牲を出したものの、3カ国とも安定するどころか混迷を一層深めている。だからシリアに新たに軍事介入することには慎重論が強かった。
YouGovの世論調査(11月16、17日実施)では「シリアでのIS空爆」に賛成が58%(9月末時点では60%)。「ISと戦うため米英両軍の地上部隊をイラクに派兵する」ことを承認する意見が43%(同40 %)、「シリア派兵」を認める意見が42%に達している。キャメロン首相は2013年8月、シリアのアサド政権が化学兵器を使用した疑いが濃厚となった際、懲罰的攻撃の承認を求める動議を下院に提出したが、予想外の否決にあった苦い思い出がある。
IS空爆をシリア国内に拡大することについても保守党内から30人前後の造反が出ることが予想され、キャメロン首相はパリ同時多発テロの直後も慎重姿勢を崩していなかった。しかし、自国の安全保障のためという空気が強まり、造反議員が20人前後まで減り、最大野党・労働党から20~30人の賛成が見込める状況に変化してきた。オズボーン財務相も財政見通しが上方修正されたことを受け、「支出見直し」で2020 年までに国防予算を340億ポンドから400 億ポンドに増やし、警察予算も実質ベースで維持する方針を表明し、キャメロン首相を後押しした。
パリ同時多発テロは、欧州連合(EU)がウクライナ危機に続いて中東・北アフリカでも外交・安全保障で大きな役割を果たす転換点になる可能性がある。フランスのオランド大統領は北大西洋条約機構(NATO) の集団防衛(同条約5条)ではなく、EUの相互防衛条項(EU基本条約42条7項)の発動を求めた。相互防衛条項は、あるEU 加盟国が攻撃されたとき、あらゆる手段を講じて援助する義務を他の加盟国に課している。ドイツのメルケル首相はテロが起きた西アフリカ・マリに650人の部隊を追加派遣し、フランス軍を支援する方針を表明している。英国は欧州の連帯から外れるわけにはいかない。EUが中東・北アフリカの外交・安全保障での役割を強化すれば、米国はアジア回帰政策に一段とウエイトを置きやすくなる。
ロシアがアサド退陣を受け入れる構えを見せるなどシリア和平に向けた動きが見え始めていたが、トルコ領空に入ったロシア軍機がトルコ軍機に撃墜されるなど、不測の事態が起きている。ロシア軍機がシリア国境地帯で反政府の自由シリア軍が支配する難民キャンプにクラスター(集束)爆弾を投下し、その一部がトルコ側に着弾したため、トルコ側が神経を尖らせていた。
シリア和平への道のりは遠く、険しい。シリアは元の「かたち」には戻らない。ISはシリア住民を「人間の盾」にして潜伏し、ゲリラ戦を繰り広げては、国際テロを輸出している。しかし、IS空爆で巻き添え被害を拡大させると、西洋とイスラムの世界終末戦争を喧伝するISの術中にはまる。シリアでのIS空爆は国際社会の結束を示す意味が強く、軍事的な意義はそれほど大きくない。この機会を利用して、米国、サウジアラビア、トルコ、シリア反政府勢力と、ロシア、イラン、アサド政権が交渉テーブルにつきシリア分割案などをまとめられるのか。空爆より政治プロセスが重要なのは言うまでもない。
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