年齢差別禁止法
来年10月から英国では、企業が年齢により労働者を差別することが禁止される予定である(概要は表を参照)。定年の定めは原則無効となるし、就職に際して年齢制限を設けることも原則禁止される。では、40歳以上にだけ認めている定期健康診断の補助は?30歳未満にのみ認めている夜学の補助は?などなど、来年にはこれまで年齢という一種のシグナルにより区別をつけてきた制度を企業が残せるのかどうかが、世論を賑わすことだろう。
中でも定年無効は大きなインパクトを企業に与える。英国は、これまで独仏に比べて労働者の退職を求めやすいと言われてきた。しかしそれは仕事自体の廃止による退職(リダンダンシー)が認められやすいということであって、加齢による能力低下を立証することは容易ではない。よほど忘れ物が多くなるとか、ミスが多くなるとか、そういう具体的な証拠が必要になるだろうが、人間は誕生日を境に急に変わるものではない。
● 企業が年齢を理由に労働者を差別することを禁止
● 65歳以下の定年の定めは原則無効
● 企業が、65歳以上の労働者に退職を求める場合には、労使の慎重な協議を要する(新たな手続きを創設)
新法の背景
なるほど、元気で頭のいい老人もいるし、そうでない人もいるので年齢による差別禁止はそれだけみれば極めて合理的な制度といえる。有能かどうかで判断すべきということに正面切っては反対する理由はない。しかしこの新法は、EUで定めた年齢差別禁止法のコピーであり、その背景にある欧州全体の経済問題まで考えないと評価はできない。英国も含め1970年代の欧州では、若年の失業率が20%近かった。経済の急回復が望めないときに若者を就職させるには、高齢者に早く辞めてもらうしかない。そのために定年を60歳と定める企業が多いし、政府は年金支給年齢を65歳、60歳と下げ、早期支給制度が整えられていった。
年金には課税上の優遇があるが、60歳を超えた人がそれ以外の収入を得る場合そういった措置がないこともあり、60歳以上の就業者数は80年代以降激減した(グラフ)。ところが90年代に入り寿命が延びる一方、女性の労働比率が拡大するにつれ、出生率が激減、年金財政は各国で破綻の危機を迎えている。そこで欧州委員会や各国政府が考えたのは、年金の不足部分を補うには政治的に増税は難しく、給付水準も上げられないので、年金支給年齢を上げるべく、高齢者にも働いてもらうことである。
EU法では英国より一足早く1995年に高齢者の雇用促進が決議された。
政府の場当たり的な対応
結局、政府のしていることは、高齢者を辞めさせるために年金を拡大し、年金が破綻すれば高齢者を働かせるということである。人口の動態は、大体あらかじめ予想できるはずである。こう考えてくると定年無効法を手放しでは評価できない。これは政府の見通しの甘さのツケであり、場当たり的な対応である。この伝でいけば、高齢者が仕事を辞めず、若年者の就職が困難になれば、また来た道に戻るであろう。そうであれば最初から企業と労働者の相対交渉に任せればよいことであった。民主主義の大きな問題は、政治家が近視眼的なその場しのぎの政策をとることであり、定年無効法はその典型的なツケだ。迷惑を被るのは予想外の対応を余儀なくされる国民や企業である。それを批判できるのは国民であり、そのための判断材料を提供するのは社会の木鐸たるマスコミであるはずだ。事実の背景を国民に考えさせる報道でなければ、国民の時間の浪費を招くだけであろう。
(2005年11月7日脱稿)
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