通貨外交の肝
最近米国のポールソン財務長官の活躍が目立つ。ブッシュ政権の軍事外交はアフガニスタンにおけるNATO軍の停滞、イラクの内戦状態、北朝鮮はやりたい放題と良いところがない。内政も民主党に議会勢力では追いつかれた。
しかし通貨外交を担うポールソン氏は、ゴールドマン・サックス社の元会長だけあって金融と市場が何に注目しているかを知っている。今の通貨外交のツボは、国際的な貿易収支不均衡(米国の赤字と産油国および中国の黒字)、原油高、ユーロ高ドル安である。こうした問題の根っこは実は一つで、米国人の旺盛な消費とそれに見合った中国などの生産増加、経済発展である。米国の産業界は、国内の住宅バブルを謳歌しつつも、中国の通貨、人民元がドルにペッグしていることに伴い安い中国製品の米国が雪崩をうったように米国へ輸入されているとして、1985年にプラザ合意で日本に円高是正を求めた時のように米中直接対話による元の切上げを求めている。
米中経済戦略会議
こうした状況下、ゴールドマン時代から中国との関係を構築していたポールソン氏のお膳立てで、半年ごとに米中経済戦略会議が開催されることになった。本稿が掲載されている時は既に終了しているが、第1回は北京において12月15、16日に開かれる。
米側出席者にFRBのバーナンキ議長、中国側は呉儀副首相、財務省と中央銀行である人民銀行総裁などである。胡主席や温首相との首脳会談もあるそうだ。米国側は、人民元改革の加速を促すことで貿易不均衡の是正を図るとともに、金融市場の整備、知的財産権の保護強化も訴える意向だといわれている。
このように元ドル相場といった短期的な問題だけでなく、中長期の課題も総合的に話し合うという点がミソであろう。ポールソン氏は「人民元の上昇は良いことだ。中国にとっても、我々にとっても、さらには世界全体にとっても」と語り、一層の人民元相場の切り上げが必要との見方を示したと報道されているが、国内向けのポーズとしか考えられない。為替レートの人為的な調整とその結果引き起こされる通貨切上げ国における景気対策としての金融緩和や財政規律の緩みが、結局はバブルなどによる経済全体の変動を大きくし関係国、ひいては世界経済にとっても良い結果にならないことは、85年のプラザ合意以降の日本の経済政策の失敗で明らかである。その轍を中国が踏むとは思えないし、米国にとっても結局得策といえるかどうか。
このため為替レート調整について、プラザ合意のような劇的な調整が発表されるとは考えにくい。劇的な調整は、中国内の輸出産業にとって大きな打撃となり、過熱気味の中国経済を一気に冷やしてしまうであろう。そうなれば中国共産党は政治基盤がもはやもたないところまで来ている。加えて少々の人民元高では米国の赤字は大幅には減らない。原油高がすでに所与となっているため、原油輸入に伴う米国の赤字は恒常的に発生するからである。
今後の世界経済の枠組み決定の場
そうすると、短期的な為替相場調整という点ではなく、米中間の経済関係の首脳による初のハイレベルな定期会合の場であるということにこの会議の意義がある。世界の為替相場の水準問題など経済政策の調整は、80年代は日米2国で、その後欧州連合も加えた3極で決まってきた。しかし現在起こっている問題の根っこは米国人の消費の多さとそれに見合う中国における生産増加だとすると、2超大国で話し合うのが合理的である。結局経済力の大きな地域同士の話し合いとならざるを得ない。今後は、影響力の大きい2大国の話し合いで、さまざまなデファクト・スタンダードが決められていくであろう。2超大国の首脳が年に2回も会えば、その場が世界のトーンを決めていく場になることは確実である。その経済規模からみてこれにEUが加わる可能性がある。日本は、単独では難しいかもしれない。そうなると一流クラブからの転落が必至となる。その場合、外交力への影響は必至であろう。
もちろん国による通貨調整が経済政策として適当でないとすれば、米中で何を話し合うかは問題になりうる。米国人の消費態度や財政支出、中国の生産過熱などは、貿易不均衡解消には必要ながら言い過ぎると内政干渉になるのでマイルドな要望にとどまるほかない。結局、この会議は政治色を非常に帯びたものになろう。
小国日本としてはG3やG7といった国際会議がなんのために必要なのかについて筋論を主張しつつ、経済政策の国際協調にどういう態度で臨むのか考える時期に来たといえる。FT紙にまったく名前の出ない日本の財務大臣に、その構想力があるかどうかが今後の世界経済の枠組み決定の場問われるべきであろう。
(2006年12月13日脱稿)
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