3
医療従事者への待遇と地域の温かなサポート
ロックダウンが徐々に解除され、明るいニュースに包まれるなか、1人の看護師がNHSを退職することが全国ニュースとなりました。その女性は昨年春にボリス・ジョンソン首相が新型コロナ感染で入院した際の担当看護師で、ほぼその1年後に「NHS看護師への待遇にもううんざりした」というコメントをメディアに出し、NHSスタッフの共感を呼びました。
2020年は国の方針により、多くのNHSスタッフが自分の所属する職場からコロナ医療の前線に送られました。しかしその環境はスタッフには「過酷」といっても過言ではないものでした。例えばPPE(個人用防護具)。コロナ病棟のPPEは、半袖のユニフォームの上から使い捨てのエプロン。これはビニール素材のノースリーブで、あとは手袋のみ。半袖の下から手首までは素肌です。コロナ病棟の患者さんはマスクをしていないことが多く、患者さんに至近距離から素肌に向けて咳をされます。国の指針でコロナ病棟のPPEは指定されているため、これの格好はトップ・ドクターも同じです。長袖ガウンが使えるのはエアロゾル処置*やICU勤務などに限られ、PCR検査もコロナ病棟と同じくナマ腕をさらします。
それでも私の病院ではまだスクラブ**が貸与され、使用後は病院が洗濯をしてくれました。しかし経済的な余裕のないNHS病院では、スタッフに汚染された制服を自宅に持ち帰らせ、洗濯させることも数多くあったようです。なにしろ国が、そうした病院へ「コロナ汚染された制服を自宅で洗う」指針まで出しているのですから。
先進国で、上記のような指導をしている国はそう多くはないでしょう。それでは、このように過酷な現場で働くスタッフに対する待遇はどうだったのでしょうか? NHSイングランドでは「危険手当、ボーナスなどの特別手当は一切なし。2021年度の昇給率は1パーセント」です。この発表に多くの医療従事者は愕然としました。
一方、NHSスコットランドでは、500ポンド(約7万8000円)の特別ボーナスと4パーセントの昇給をNHSスタッフへ公約したのです。「NHSは経済的に厳しく、この程度しかできない。でも命の危険を冒して勤務にあたったスタッフへ、国としてもできる限りのことはしたい」。これこそ私たち現場のスタッフが見たかった国の姿勢であり、聞きたかった言葉です。残念ながらNHSイングランドからは「看護師は失業の心配のない安泰の仕事だ」と、1パーセントの昇給を正当化させる言葉しかありませんでした。命の危険と隣り合わせで仕事をしてきた医療従事者への国からの敬意や誠意の姿勢が、同じ英国内でもこうも異なることに、ただ戸惑うばかりです。
そんななか、最も嬉しかったのは地域住民からのサポートと応援です。コロナ病棟では毎日のように近隣の飲食店から食事やケーキなどの差し入れがありました。飲食店などは売り上げも落ちて経営状態は厳しいと聞きますが、「いつもありがとう」との手書きのメッセージは心からうれしかったです。
スーパーマーケットではNHSスタッフの優先時間を設けてくれて、一部のお店では1割引もありました。おかげでおいしいワインをありがたく購入させてもらいました。地域からのサポートほど、パワフルで温かいものはありません。
*吸引など、空気中にウイルスが飛び散るような処置
**医療現場で着用されるユニフォームの一つ。手術室など感染症管理が厳しい部署で着用されることが多い