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Thu, 21 November 2024

第161回 日本のインフレ局面入り

日本だけなぜ物価が上がらないか

下図を見ていただきたい。各国の消費者物価上昇率の動きである。英国が5%くらい、その他の先進国は、2~3%が多い。物価が上がっている背景には、新興国需要が旺盛であることによる原油・石炭などのエネルギー価格上昇と穀物価格の上昇がある。後者は、干ばつ・水害などによる影響もあるし、リーマン・ショック後の金融緩和による先進国マネーがロンドン市場を通じて資源ファンドなどへ流入したことも一因と言われている。ただ日本の物価上昇率だけが、いまだゼロ付近にいる。

■主要国における消費者物価指数の動き
グラフ

日本だけなぜ物価が上がらないのか。一つの回答は極めて統計技術的なもので、日本の物価指数を財別に見ると、テレビやカメラ、パソコンが含まれる耐久消費財だけが世界各国より非常に速いスピードで価格下落している。日本と他国との差のうち1%分は、大体これで説明できそうである。例えばCPUの処理速度が増すなどして品質が上がった場合に、新商品はほぼ同じ値段で能力が倍になったからという論理で、統計上では旧商品の値段が半分になったとして比較的正直に記録している。よって見かけは物価上昇率が低いように見えてしまう。

ただこの統計は、生活実感とは乖離している。なぜなら、品質が倍になったとしても、消費者は時間をさかのぼって半額の旧商品が買えるようになるわけではない。実生活では、現在店頭に出ている価格改訂後の新商品しか買えないわけだから、生計費は決して下がらない。だから、過小評価されている日本の消費者物価に年金や給料がスライドしていると、現実を反映した生活水準は下がってしまうことになる。

人件費と過当競争

そして日英での物価上昇率格差の原因となるのが、人件費即ち給料の上昇率の差である。英国では毎年、物価スライドで給料を上げている。逆に給料が上がれば物価も上がる筋合いにある。日本では、物価の上昇に応じて給料が上がることはないために、購買力が伸びず、物価も上がらない。そもそも、高齢化により退職者数が多く、企業があえて退職者数に対して採用数を減らしていることから、人件費は90年代以降大きく下がっている。既に高齢化社会を迎えた英国ではこうした現象は見られない。ただ日本でも2007年をピークに退職者数も減りつつあるので、人件費減らしも限界に近付きつつある。

さらに、日本国内の過当競争も一因となっている。例えば銀行を例に取ってみても、英国には4大銀行と信用組合しかないのに対して、日本には都市銀行が信託銀行を入れて8つ、地方の銀行が120余り、信用金庫が270ほどもある。高齢化で内需が伸びていないのに企業数が多いと、どうしても過当競争になる。英国の銀行は手数料が高いとよく言われるが、これも競争が少ないことを反映した一面である。日本では英国と異なり、不採算企業への融資の返済猶予を合法的に認めているので倒産が少なく、経済の新陳代謝が起こりにくいというのも過当競争の理由となっている。

中国経済が堅調である限り、原油や石炭、穀物の価格は、ファンドの影響で乱高下することがあったとしても、大きく下がるとは考えにくい。人件費が物価に連動し、過当競争も少ない英国では、ある程度物価が上がることは避けられまい。ただ中国のバブル崩壊と英国の金融市場での欧州通貨問題による再調整があれば、物価上昇には至らない可能性もある。

日本では震災による復興需要が物価押し上げの要因になるので、こうした中で、人件費削減が限界に近付き、金融機関が不採算企業の選別を開始すれば、物価は上昇していく可能性が高い。その意味で、人々の物価が上がるのではないかとの予想は、これまでにないほど強くなっている。

(2011年6月15日脱稿)

 

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