世界経済の行方
この9月のリーマンブラザーズ証券の破綻、AIGの救済、6中央銀行の協調ドル供給、米国政府の75兆円の不良債権買取の議会提案という一連の金融市場における出来事は、第一に世界経済の行方について人々を不安にさせ、第二に国家主権(財政負担)と国際強調の相克について考える契機を与えたと思う。そしてこの2つは今後互いに密接に関連してくるし、その関連を見極めることは先を読む上で重要と思う。第一の問題については、住宅価格の下降によってこれまで旺盛だった米国民の消費意欲が減退したことを理由に米国経済全体が失速し、これにつれて米国向け輸出を成長エンジンとしてきたBRICS諸国の減速もはっきりしてきた。ロシアは市場の信頼を失い市場自体が機能停止に追い込まれている。
これからは各国の内需、特に財政出動の可能性が問題になる。新興国の内需は強いために、3年単位では経済の強さに不安はない。しかし、グローバリゼーションで金融市場は我慢強さを欠いている上に、そうした市場の圧力に各国政府は極めて弱い。このため財政出動、金利引き下げ圧力がかかることになる。米国は不良債権処理というロス埋めに負担を抱え、日欧は財政赤字が大きいということになると、新興国と産油国に期待するほかない。
今後G7で当該国の通貨切り上げ(元高、ルピア高など)とともに「経済の牽引役になってくれ」という要請が強まることは必至であろう。しかし中印ロシアは、これまでの牽引役であった日独に比べ、欧米にそう忠実ではない。ここに短期的に政治をもって強引に経済が歪められていくリスクがある。個人は、その程度を見極めることが重要だし、当局はその妥当性を説明すべきだ。
金融市場救済の大義名分と本音
第二の論点に移ろう。もともとサブプライム・ローン問題は米国発のものである。しかし米国政府によるAIG救済の理屈は、AIGがクレジット・デフォルト・スワップという信用デリバティブ市場で信用の売り手となって市場形成に大きな役割を果たしており、これが破綻すると世界の金融市場に悪い影響があるため、ということのようだ。また米連邦準備理事会(FRB)、イングランド銀行、日銀など6中央銀行のドル供給も、金融機関同士が相互の信用リスクを非常に大きなものとみて相互に貸借できないという短期金融市場の機能不全に対して行われた、という理屈になっている。さらに言えば、国際的な為替スワップ市場(外国為替の現先市場)を守るためというのが理屈だ。事実その通りの面はあるが、結局は、これは基軸通貨ドルの市場を守り、その暴落を防ぐために他あるまい。
基軸通貨を有することで最も恩恵を受けているのは米国である。日本の不良債権問題のときに円は続落したが、その防衛のための協調体制はついぞ取られなかったし、日本政府もそうした働きかけを行ってはいない。ドルを人質として、世界のためという理屈で他国を付き合わせるという論法でよいのか。日銀の白川総裁は、通貨の流動性だけでは問題は解決しないと述べ、米国の公的資本注入を促し、米国政府も75兆円の不良債権買取を議会提案した。これ以上の不良債権拡大の損失は米国民が被るということだが、これまで生じたロスをどう埋めるかが明確でない。そこを曖昧にして、世界経済の牽引役を他国に押し付けるために、欧米がアジアや新興国に財政拡大や為替調整を求めてくるのは見え透いている。だが、米国の軍事支配下にない中印やロシアへ圧力をかけるのは簡単ではないように思う。
国家と国際協調の相克
確かに基軸通貨、世界的な金融市場は今や世界の共通資本である。だがそうした国際協調を前提に、これら一連の問題の責任関係と金銭的な分担についての大まかな合意がなくて流動性だけを出して良いのかどうか。米国政府や議会は、現時点でもなお、ロスをすべて被る覚悟と約束をしていない。日銀のドル供給も担保を取っているとはいえ、借手が破産すれば米国破産法11章と日本の民事再生法の双方で担保権行使が制約されるリスクがあり、債権保全は万全とは言えない。
また一旦ドルを守ると決めた以上、とことん付き合うことにもなる。待ったなしの市場の混乱と中央銀行同士の信頼関係、日米軍事同盟の下で止むを得ない判断だったと思うが、日本政府や日銀の政策は今後、歴史的に厳しく検証されると予想するし、またその過程で国家主権(財政)と国際強調の相克について考えざるを得まい。
(2008年9月21日脱稿)
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