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Fri, 29 March 2024

第2回 秋は政治の季節

第2回 秋は政治の季節

英国の秋は、政治の季節である。連立与党・自由民主党を皮切りに、最大野党・労働党、続いてデービッド・キャメロン首相率いる保守党の年次党大会が行われた。注目は何と言っても党首演説だ。2015年に予定される次の総選挙で政権奪還を狙うエド・ミリバンド労働党党首は「ワン・ネーション(一つの国家)」をキーワードに格差解消を政策の中心に据える考えを表明したのに対し、キャメロン首相は「労働党は政府債務を膨らますワン・ノーションの(一つの観念にとらわれた)政党だ」と批判し、激しい火花を散らした。

ミリバンド党首は2日、マンチェスターで開かれた党大会で、19世紀に首相を務めた保守党のベンジャミン・ディズレーリ(1804~1881年)が訴えた「一つの国家」を引用し、グローバル化と金融資本主義によるバブル崩壊で拡大した貧富の格差を解消する方針を打ち出した。マニフェスト(政権公約)を固めるのはこれからだ。

ディズレーリが「一つの国家」を目指す政策を同じマンチェスターで訴えたのは1872年。産業革命で英国は富裕層と貧困層、資本家と労働者の「二つの国家」に分断されていた。ディズレーリは国家が関与して格差を和らげ、「一つの国家」を保つ重要性を訴えた。ミリバンド党首は、グローバル化による勝ち組と負け組の固定化を解消する責務を政府は負っていると考えている。

これに対しキャメロン首相は10日、バーミンガムでの党大会で、ミリバンド党首の「一つの国家」について政府債務を膨らますだけだと切り捨てた。その上で「私たちが痛みを伴う難しい決断をしなければ、英国に未来はない。高い志こそ前進の原動力になる」と述べ、「沈むか、泳ぐか。行動するか、衰退するかだ」と財政再建と競争力の強化を主張した。

演説の長さはミリバンド党首が65分、キャメロン首相が50分。14日付「サンデー・タイムズ」紙の世論調査によると、秋の党大会で最も成功を収めたのは、ミリバンド党首が32%、キャメロン首相が22%で、ミリバンド党首に軍配が上がった。

 

1970年代後半に市場主義を提唱した保守党のマーガレット・サッチャー首相のスピーチ・ライターだったデービッド・ハウエル元運輸相に取材したとき、心に残った言葉がある。

「Power of idea(パワー・オブ・アイデア)」

一つの考え方が世の中を変える力を言う。サッチャー首相は、財政赤字を減らす小さな政府と、民間の経済活動、特に起業力を生かす新自由主義を唱えて構造改革に取り組んだ。

ハウエル氏は「20世紀は強力な国家がすべての問題を解決できるという考え方が支配的だった。それに対し、国家と民間が協力し、企業と市場、技術革新を原動力にすれば、英国経済を回復させられる。私たちには世界に革命を起こせるという確信があった」と振り返った。

 

英国の党首が演説に傾ける労力と情熱はすさまじい。「イギリス政治はおもしろい」の著者、在英政治研究家の菊川智文氏によると、1984年秋、ブライトンでの保守党大会中、サッチャー首相が泊まっていたホテルでIRA(アイルランド共和軍)の爆弾が爆発したのは午前3時前だったが、サッチャー首相は演説を練っていた。労働党のトニー・ブレア首相のスピーチ・ライターは何カ月も前から演説に入れる材料を集め、ブレア首相が自ら草稿をしたため、スタッフと演説直前まで推敲を重ねたという。

日本でも自民党総裁選が行われ、安倍晋三元首相が総裁に返り咲いた。安倍総裁は「日本の領土、領海、国民の命を断固守る」「戦後体制の鎖を断ち切り憲法改正に挑む」と訴えた。しかし、英国の党首演説と比較すると決定的に欠けているのが、政府債務残高が対国民総生産(GDP)比で200%を超え、少子高齢化の加速、超円高で製造業の大量リストラが懸念される中、日本をどんな社会にしていくのかというアイデアである。

領土問題をめぐって日中関係が緊張し、国民の関心が安全保障に集まっているという事情があるとはいえ、傾き始めた日本をどう建て直すのか、核となるアイデアを聞きたかった。それとも、「政策」は官僚任せ、「数」が必要以上にモノをいう日本の政界では、ないものねだりというものか。

 
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