小林恭子の
英国メディアを読み解く

性的暴行疑惑でスコットランド前首相と現首相の対立が深まる - 独立に向けた住民投票実施にも影響か

スコットランドの政界が大きく揺れています。長年、「名コンビ」と言われてきた現自治政府首相のニコラ・スタージョン氏（スコットランド民族党SNPの党首）とアレックス・サモンド前首相（同前党首）ですが、昨年無罪判決が出た、サモンド氏の性的暴行疑惑事件の調査を巡って対立し、事態が泥沼化しています。

対立が表面化していくのは、2017年末から18年にかけて。性被害を告発する運動「#MeToo」の高まりを背景に、17年12月、スタージョン氏が自治政府及び元閣僚を対象とする、性被害・ハラスメントについての新たな苦情処理の手続きを導入することにしました。18年1月、サモンド氏から被害を受けたとする女性たちが声を上げだしました。自治政府が内部調査を行い、終了後に警察の捜査が始まります。無実を主張したサモンド氏は、自治政府による調査手続きの正当性を問うため司法審理の開始を求めました。2019年1月8日、司法審理の予審を行っていた民事控訴院は自治政府によるサモンド氏への苦情処理手続きが違法で、「偏見に満ちたもの」であったとする判断を下しました。調査に当たった事務次官が原告の女性たちに調査開始前に会っていたことが判明したのです。サモンド氏は自治政府から司法審理関連費用約50万ポンド（約7480万円）の支払いをうけることになります。その一方で、同24日、サモンド氏は強姦未遂2件、性的暴行9件、暴行2件、治安妨害1件の容疑で逮捕・訴追されてしまいます（罪状認否に応じなかったため、当日保釈）。サモンド氏が無罪評決を受けたのは、2020年3月24日でした。

現在、サモンド氏を巡る案件についてはいくつかの調査が行われています。スコットランド議会の議員で構成される委員会が「サモンド氏に対する苦情を自治政府がどう処理したか」、「行政規則の違反がなかったか」を調べており、アイルランド共和国のジェームズ・ハミルトン元公訴局長菅はスタージョン首相が「サモンド氏との会合について報告義務を怠っていなかったか」、「調査を開始するよう官僚に圧力をかけなかったかどうか」を調査中です。

果たして、スタージョン氏は疑惑についての調査に介入し、議会で虚偽の証言をしたのでしょうか。2018年3月29日、スタージョン氏はサモンド氏の元補佐官と議会内のオフィスで会い、この時初めてサモンド氏に対する疑惑を耳にしたはずでした。でも、スタージョン氏は議会に対し、初めて疑惑の件を聞いたのはそれから数日後、サモンド氏が直接スタージョン氏と話したときだったと述べていたのです。後になって、スタージョン氏は元補佐官との会合を「失念していた」と話しています。また、首相との会合は公式に記録されているべきでしたが、この元補佐官との会合は記録されていませんでした。

今年2月末、サモンド氏は疑惑調査についての一部始終を綴った報告書を委員会に提出しました。このなかで、同氏は「政府、政党、検察当局の間にあるべき障壁が完全に崩壊している」、SNPや政権のなかに「私を投獄させることも辞さないほどの、私の評判に損害を与えようとしている人々がいる」と指摘しました。スタージョン氏については「議会に誤解を与え、行政規則を逸脱した」と非難しました。スタージョン氏は「微塵の証拠もない」とこれを完全否定。委員会は当初報告書をそのままウェブサイトに出していましたが、後になって検察庁の指示によって一部を編集して掲載し、サモンド氏が一時公聴会出席を取りやめる一幕となりました。

5月には地方選挙が行われますが、スコットランド地方の英国からの独立を目指すSNPとしては議席数をさらに増やすことで、2回目の住民投票を実現させる機運を作りたいところでした。対立がさらに長引けば、独立実現の夢は遠のくかもしれません（3月2日、脱稿）。